NEVER GIVE UP! 海外でパイロットへの道 IN NEW ZEALAND
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「パイロットになりたい」と日本を飛び出し10年目にして夢を掴んだ男の軌跡

 第13話 機長へのチャンス 2008年〜2011年
 
 

  2008年に副操縦士として働き始めた私の次の目標は、機長になることだった。

入社時には飛行時間も3000時間以上あり、ATPLに関わる要件はすべて満たしていた。

ただ、空席がないと機長にはなれない。

折も悪く、パイロット景気の良くない時期に入社した私にはなかなかチャンスは巡ってこなかった。

過去の社内例でいくと、頻繁に機長が動くので、早く機長になれる予定だったのだが、景気があまりよくなかったので、皆社内に留まり、機長の空席が年に数席ほどの状態が3年ほど続いた。

この3年の間で副操縦士としていろんな経験が出来たし、また、機長の考え方ややり方が個人によってかなり違うことにも気づいて、とても興味深かった。


訓練では遭遇しあえないリアルな問題解決を何度も経験するうちに、自信というものが私の中に出てくるのがわかった。

間違えたdesiton makingを何度もし、機長に訂正して頂いて、少しづつ自分の技量が上がっていった。

過信かもしれないが、入社から1年経過した時には、「あ〜これならコマンドで飛んでも出来そうだ」なんて思い始めていた。




2011年になると、エアーニュージーランド系列以外の航空会社のリクルートメントが活発になり、それに伴い、我が社のパイロット達も動き出した。

やっと、私にも機長になるチャンスが巡ってきた。

そこで私は会社に機長試験受験の書類を提出して、その時を待った。

ただ多くのファーストオフィサーが応募していたので、自分がいつ機長試験を受けれるか分からなかったが、一年以内には受験出来そうな感じだった。

しかし機長試験応募からしばらくすると、エアーニュージーランド系列であれば、系列会社を自由に移動できるシステムが出来た。

私はクライストチャーチベースの会社に移りたかった。

機長試験を受けずに副操縦士のまま、系列会社へ移動するか悩んだ。

悩んでいる間に、機長トレーニング開始の連絡が来た。

もし試験にパスして機長になった場合、最低でも半年間は移動出来ない。

また運悪く、私のATPL(定期運送用操縦士)の学科試験の有効期限が2012年で、再度受験する必要があった。

NZのATPLの学科は7教科あり、私はこれを1年以上勉強して合格しており、それをまた繰り返すかと思うと、気が滅入った。

機長試験に合格すれば、ATPLの学科試験を受けなくてもいい。
これから先のステップにはどうしてもATPLの免許が必要になってくる。

ただ我が社の機長昇格テストは非常に厳しいテストで、2010年は合格率0%だった。

過去10年間の平均をみても合格率は50%以下で、2度試験に失敗したら3度目はなく、エアーニュージーランド系列会社への自由移籍も事実上出来なくなるなど、失敗したらグループ内でのパイロット人生が終わるという噂が社内で広まっていた。

機長試験を受けるべきか?それともこのまま系列会社へ移動するか?

悩みすぎて、私は会社に相談してしまった。

会社の答えは「このまま機長試験を受けなければ、系列会社への移動は難しくなると思うよ。」だった。

仕方がないので、私は機長試験を受ける事に決めた。

訓練開始は3か月後の予定だった。

この3か月の間に勉強しようと思っていたが、会社から連絡があり、訓練を10日後にスタートさせると言ってきた。

訓練予定者が辞退し、私に早く順番が回ってきたのだった。

最低でも2か月の準備期間を渡すのが通常なのに、私の準備期間はたった10日。

もちろん会社に訓練の延期をお願いしたが、「すでにスケジュールを組んでいるので延期はできません」と言われた。

10日では準備出来ない。訓練の延期は受け付けてもらえない。
でもそれで落ちたら自分のパイロットキャリアは終わり。

なぜここまで窮地に追い込まれなければならないのか?
私には理解出来なかった。

ただ考えていても仕方ない。私には10日間しかないのだ。
「絶対に負けるか!必ず合格してやる!!」

今まで苦境に立たされて何度も克服して来た経験がある。

その日から私は家族にその話をして、時間のすべてを自分の勉強に充てることにした。
たった10日間。

受験勉強よりひどいつけ刃だ。

入社してから3年間で12冊ある会社の飛行規程書などは自分なりに読んで勉強してきたがこの10日間でさらに深く読み込み、いかにフライトへフィードバックさせるかがポイントだった。

もちろんこの10日間には通常の副操縦士としてのフライトもあるのだが、ちょうどラグビーワールドカップ開催中で、飛行機は毎日増便で、とても忙しかった。

フライトが終わるとそのまま空港のオフィスに行き、営業が終わるまで勉強していた。

家に帰って勉強すればいいのだろうが、子供の顔を見てしまうと安心して、気が緩み、勉強に集中出来なくなってしまう。

そして10日間で12冊の規程書を読むことができた。


訓練が始まった。

今までは教官の時も含めて、右席からの操縦だったが、機長は左席になる。

右から左に移るだけだが、これがとんでもなく難しかった。

外の見え方がまるで違う。

最初に着陸したときはセンターラインから大きく外れてしまった・・・・

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