第16話 機長責任 2013年~
機長業務も大分慣れ、副操縦士として飛んでいた時には経験出来ない事が多くあった。
機長は何かあった時に最終的な決断をし、その結果に責任を持たなければいけない。
実際にあった特殊な例を二つほど紹介したい。
まず初めは、私の乗務した便に、地上の厳重なチェックを搔い潜り、飛行機に持ち込むことが出来ない医療用の特殊な危険物が持ち込まれた。
危険物を持ち込んだ場合は、機長の確認と共に書類にサインを行うはずなのだが、私はその書類を見てはいなかったし、危険物が持ち込まれている事も知らなかった。目的地に到着した時に係員に指摘され、初めて気づいたのである。
「これは大変な事になったぞ。」と頭を抱えていたら、副操縦士の顔が青ざめていったので訳を聞くと、出発前に地上の係員に「危険物の確認をしてもらいたい。」と頼まれ、よく確認をせずにサインをしてしまったとの事だった。
彼はまだ副操縦士になって1週間しか経っておらず、危険物の事をよくわかっていなかった。
すぐに出発地の係員に連絡を取ったが、無視された。
副操縦士のやった事とはいえ、彼に責任を押し付けることはしていはいけない。
これは機長として責任を取らなければいけなかった。
正直に会社に報告した。「俺のキャリアもこれで終わりかな?降格かクビか?」と思っていたら、「話してくれてありがとう。」と逆に感謝され、お咎めはなかった。
その場にいた副操縦士も安堵の顔を見せ、お互いに「クビにならなくて良かったな。」と言って喜んだ。
この事件があって、二人とも危険物について勉強し、かなり精通したと思う。
二つ目は目的地に最終進入中、フラップを下ろしたら警告音がなった。
進入中に問題を解決しようとしてたくさんのパイロットが事故を起こしているので、規定通り、着陸進入を止め、ゴーアラウンドし、ギアをあげてフラップを上げようとしたが、フラップが中途半端なところで止まってしまったのである。
スピードと操作性に注意しながらPMの私は、PAN・PANCall(緊急事態宣言)をして空港の東側に飛行機をホールドさせた。
そのホールディングパターンで原因を探ろうとしたが、フラップレバーを下ろすと大きな警告音が鳴りだした。
客室にも警告音が聞こえてしまっている為、機内アナウンスで状況を説明し、再び問題解決に取り組んだが、どうしてもフラップを上げることは出来ず中途半端なところで止まっていた。
原因はわからなかった。
副操縦士と話して「ギアはちゃんと降りるか?」と話したのだが、フラップとギアは別のシステムなのでギヤは問題ないと判断した。
しかしギヤハンドルを下げたらうんともすんとも動かない。
ギヤが出ない。ギヤ故障になってしまった。
もしかするとシステム故障ではなく、電気系統の不具合かもしれないと考えた。
そして胴体着陸という最悪の事を考えた。
いや。待て待て。焦るな。
ギヤは油圧システムを電気以外に手動で動かせるはずだが、手動で行った場合はコックピットからギヤを再度上げる事はできない。
フラップは途中で止まっている状態で、ギヤを下ろしたらしまうことは出来ない。
もしゴーアラウンドした場合、増大した抗力で飛行機上昇パフォーマンスは極度に下がってしまう。
ゴーアラウンドはしたくない。
この状況を管制官に伝え、ロングファイナルにレーダーベクターしてもらい、手動でギアを下ろした。
3つの緑色のギヤポジションインディケーターが点灯した時は、ほっとした。
無事着陸後、機内アナウンスにてお客さんに状況を説明した後、客席から拍手がおきた。
訓練で想定してやっている事だが、実際と訓練では大きく違う。
実際は失敗出来ないのである。
以上2点が主な記憶に残る出来事だが、ここに書ききれないくらい大小様々なトラブルは頻繁に起こっている。自分の持っているsituational awarenessを使い、問題に応じてその時のベストの判断をし、自分の持っている技量を駆使してそれを可能にしていく事が大切である。
責任感が増えた分機長業務は楽しかったし、お客さんから直接「いいフライトだった。」と褒められた時はうれしかった。
常連のお客さんがクリスマスとか特別な日にチョコレートをくれたり、また子供たちが客席に「Thank you letter」を残していくことがあり、飛行機の中で一生懸命書いた絵や手紙をもらったりすることがある。今でも大切にとってあるこの手紙を時々読み返すと、自然と笑顔になって、「明日も頑張ろう。」と思えるのである。
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